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私は「台車」で考えた
石黒

 期末試験の真最中、中学3年生は台車を使った『等速直線運動・速さがだんだん速くなる運動』の学習に追われる毎日。「力がかかってなくても、台車って動くんですか?」「時間と速さのグラフって、どうして横軸に平行になるんですか?」。2年数ヶ月、一度も質問に来た事の無い生徒が授業終了後、学校の問題集を持って講師室に詰め掛ける。例年のお決まりの光景だが、改めて『入学試験まであと100日』を嫌がおうにも実感。
 
 2週間前、『3年生第2回保護者会』が近くの某ホテルを会場に開催された。当日は雨。濡らしてはいけない、城西スタッフは資料の入った3個のダンボール箱を、200メートルと離れていないホテルまで車で搬送。5人のスタッフが乗った『CIVIC』が、車寄せに忍び寄る。「こんな車じゃ『駐車場は向こう!』って怒鳴られる」「5人も乗っていたら笑われる」。スタッフは終止無言、視線は自ずと下へ。
 
 「いらっしゃいませ!」。ホテルマンの微笑みが我々の目に飛び込んでくる。他のホテルマンがドアを開け「お荷物は?」「トランクですけど」「お運びいたしましょうか?」「自分で運びますから」「台車などお持ちいたしましょうか?」。ホテルマン、素早くダンボールを台車に載せるやエレベーターに向かう。「何階でしょうか?」「4階お願いします」。エレベーターの4階のボタンを押すやさっと退き、ドア越しに深々とお辞儀。
 
 『自分はお客様である』。この街で顧客として、このような至極当然な言動・行動を体感したのはいつ以来であろう。小売店では私語に熱中する販売員に懇願する、公的な書類は窓口で頭を下げて頂戴する、タクシーはお願いして乗せて頂く、飲食店では常連客の傍若無人を許容する、旅館では仲居さんへの心づけの多寡に留意する・・・。この街の『逆転の構図』に猜疑心を抱かず、店員が無言で差し出す財を受け取る日々。
 
 8年前、滞在していたソウル市内のSホテルの窓越しに、道路を挟んで小奇麗な公園が見えた。ドアマンに「公園へは、どう行けば良いんでしょう?」。「イシグロ様、どうぞこちらへ」。ホテルの敷地を横断すると踏んでいたのに、どうやら近道が存在する模様。建物内の『PRIVATE』と書かれた従業員通路への扉を開け、私を中へと誘う。従業員食堂・休憩室・更衣室が整然と通り過ぎて行く。2分後、公園が正面に見える出口に到着。「お待ちください、車が来ますから」。彼は猛スピードの車列を制し「お気をつけて」と一言。
 
 保護者会の会場だった高岡市内 某ホテル、中堅ホテルの系列として開業し今年が15周年。現在、ハード面のリノベーションが夜を徹して行われている。同時に、接客マニュアルの再構築を柱とした『サービスの原点』への回帰も、着実に進行中である。

J-PRESS 2001年 12月号