城西セミナー城西セミナー

ふと思ったこと。
島竹

 大学時代の一時期の話だ。ちょうど秋も終わりかけた、そんなある日のこと。以前のアルバイト先で知り合った女の子と偶然再会をした。バイトをしていた当時はあまり口をきいたことがない子だったが、懐かしさからか、声を掛けた。
 
 それからしばらくして、彼女とは映画やショッピングにでかけるようになった。彼女は、特に美人というほどではなかったけれど、表情や仕草や感性はとても新鮮で、まぶしく見えた。それまでとは違い、生活にも張りがでて毎日が楽しかった。
 
 彼女はドーナツが好きで、よくファーストフードの店に入っては、あれこれと話しをした。「ピアノを弾く仕事がしたいの、バイトはレッスン代のため」、「プロはもちろん、学校の先生も無理。でも、演奏する仕事がしたいの。弾けるだけでもいいわ・・・」そう言って将来の夢を素直に語れる彼女が羨ましく、そして、すこし大人に見えた。
 
 あることで気を落としていた時、バイト後近くの駅から、急に呼び出したことがあった。時計の針はもう九時をすぎている。電話口の彼女の動揺がこちらにも伝わってくる。少し後悔するが、もうひっこみがつかない。
 閉店まぎわの定食屋に入って食事をすませ、それからあてもなく街を歩いた。「ただ・・・」、「そう・・・」。いつもと違って、重い沈黙がつづく。息苦しかった。ときおり、仕事が遅くなったサラリーマンが足早に横を通り過ぎてゆく。「いろいろと思っていることを打ち明けてみようか」そう心のなかで思った。でも、なぜか言葉が出てこない・・・。
 
 それから後も何度か会ったが、ある時から、彼女が電話にでなくなった。弟が出て「少々お待ちください」といったあとに「すいません、外出しました」といわれる。そんなことが何度かあって、やっとことの次第に気が付いた。そういえば思い当たるふしがないではない。けれども、それほどショックを受けたというわけでもなかった。
 
 ただ、それからダラダラと酒を飲んで過ごす日が多くなった。学校へ向かう電車を途中で降りて、知らない街のブラブラしたりもした。
 
 いまではもうドーナツを食べなくなった。彼女は、まだピアノをつづけているのだろうか、休日にはデパートでショッピングをするのだろうか…。ふと思ったりした。

J-PRESS 2002年 3月号