紫式部の「健脳食」深田
紫式部が書いた『源氏物語』は世界最古の長編小説といわれています。彼女が活躍していた平安時代の中期には、当然コンピュータなど存在するわけもなく、大長編を書き上げるためのデータはことごとく記憶していたと考えられます。その抜群の記憶力、さらには物語作家としての構成力やスタミナにも驚かされます。
これらの能力は、もちろん先天的なものもあったのでしょうが、小説を書くためには、その脳や体を機能させるだけのものを食べていたのも間違いないと思われます。
紫式部とイワシについて次のようなエピソードがあります。ある日、紫式部がイワシを食べたところ、非常においしく、チャンスがあったら是非とももう一度食べてみたいものだと考えて続けていました。
しかし、イワシは「いやし(下品)」に通じると、当時の上流階級には嫌われていたので、おおっぴらに煙を上げて焼くわけにはいきませんでした。後日、夫の藤原宣孝が外出をしたときに、これは良い機会だと、脂ののったイワシを焼いて、その味を楽しみました。ところが、ほどなくして帰宅した夫に、部屋にこもっている匂いでたちまち露見してしまったのです。
「このようないやしい魚を口にするとは、何事か」とたしなめる夫に、紫式部は得意の歌で反撃をします。
日の本に はやらせ給ふ いわしみず
まいらぬ人は あらじとぞ思ふ
日本一と評判の高い岩清水八幡宮にお参りしない人がいないように、こんなにおいしい魚を食べない人もいませんよと、「いわしみず」に「いわし」をひっかけて、逆襲をしたのでした。彼女のこのアドリブに、さすがの亭主も引き下がってしまいました。
以来、イワシのことを、女房言葉で「むらさき」と呼ぶようになったということです。
人間の脳は、水分を除くと約50%が脂肪で、そのうち10%前後がドコサヘキサエン酸です。イワシには、このドコサヘキサエン酸が多量に含まれています。これが頭の働きを向上させると注目されている成分です。特に、記憶力をつかさどる海馬という部分には25%もの高い割合で含まれているといわれています。海馬は、経験や学習によって得た情報を整理して保存するフロッピーのような役目を果たしているところです。
イワシが「いやしい魚」と見られていようとも、おいしいものはおいしいと食べてしまうところに、紫式部の自信が感じられます。当時は紫式部だけではなく、清少納言や和泉式部、小野小町といった才女が登場します。彼女たちが後世に残る作品を創作できた一因が、「イワシ」などの食事にあったのかもしれません。