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ツは徒然のツ
石川

 コラムのネタが何も思いつかないので、徒然なるままに書き連ねてみようかと思います。
 
 徒然といえば徒然草ですが、自分は徒然草を最初から最後まできちんと読んだことがないことに気づきました。高校の古典の授業で抄録を読んで以来、きちんと読んでおきたいなと思うのですが。そんなことを思いながらも授業中、兼好法師の写真に落書きしていたのは若気の至り。
 
 兼好といえば健康ですが、昔から健康には気を使うほうです。外食するときも栄養バランスを考えたり。でも、早食いだけは良くないと思いつつ直りません。あまり噛まないのが原因だと自覚はしていても、気づいたら飲み込んでしまっています。誰かと一緒に食事をするときは、それでも意識して多く噛み、箸を休ませながら時間を稼ぐんですが、ひとりでの食事だと5分ほどで終わってしまいます。胃に負担がかかってるだろうな……
 
 胃といえば「井の中の蛙大海を知らず」と昔から言いますが、一説によると「されど空の青さを知る」と続くそうです。それに、蛙は海を知らなかっただけで、通用しなかったとは言ってないですし。大海原でも通用した蛙だっていたはず。まずは己の手が届く範囲をしっかり把握することも大切だと思います。遠くを見すぎていると、足元が見えなくなりますしね。先人の言葉のトリックにだまされちゃいけません。
 
 トリックといえば徳利ですが、タートルネックを「徳利」と言うと「死語だよ」と指摘されました。アベックなんて言い方も最近聞かなくなりましたね。「徳利のセーターを着たアベックがダンパでフィーバー」などと言うと死語が四語も含まれていて、詩語の域に達した感があります。
 
 死語といえば私語ですが、私語があるのに公語とは言いませんね。いや、ふと思っただけです。公用語という言葉はありますが、私語の対義語ではないですし。言葉は時代とともにうつり変わるものですが、意思を伝える手段として、完璧ではないが最善のものだと思います。「はじめに言葉あり。言葉は神とともにありき。言葉は神なり」ヨハネの福音書は、そう始まります。言葉は大切に。
 
 神なりといえば雷ですが、もとの意味は文字通り「神鳴り」。確かに、あの音と光は人知を超えた力を感じますよね。遠くからゴロゴロと聞こえてくると、少しウキウキしませんか? 天地を切り裂く稲妻がはっきり見えたりすると小躍りしたくなります。
 
 小躍りといえば、あ、誌面が尽きてしまいました。ではまた。

J-PRESS 2003年 12月号