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私は「眼」で考えた
石黒

 1月末、富山県西部に「大雪警報」が発令され、高岡でも80cmを越える積雪。お気に入りの長靴を履き、秘蔵のママさんダンプでの除雪が毎朝の日課。「三八豪雪」を体験した私にとって40年前を髣髴させる日々が続く。新聞・TVには「JR特急列車、45本運休」「県内高速道路、全区間通行止め」「富山空港、朝から欠航相次ぐ」との文字が躍る。数日後に東京で開催される会議を控え、公共交通機関の遅延・運休の不安が頭を擡げる。
 
 会議は無事終了、帰路羽田からの富山行最終便は低く垂れこめた雪雲の為、富山湾上空を50分旋回し待機。何度か着陸を試みるも最悪の視界が進入・着陸を許さない。滑走路が2000mと前近代的な河川敷空港は、ILS(着陸誘導システム)や航空管制官の配備さえ覚束ない。限界まで高度を落とし、パイロットは自分の眼だけを頼りに、滑走路先端の誘導灯を探す。しかし「残念ながら当機、ただ今より羽田空港に引き返します」。
 
 閑話休題。先日やっとの思いで休暇を取り、雪模様の北陸から気温33度、乾季のタイへの逃避行を決心。バンコク在住の学友に宿泊の予約を依頼する。「リクエストある?まだ喫煙?硬い枕だったよね、やっぱり高層階の部屋がいいかい?」、オヤジ真最中、高い所が大好きな私の好みを見透かしている。「たまには低層階の部屋にしないかい、値段は割安だし。所詮、高いところを好むのは猿くらいだし」、私は渋々友人の提案に従った。
 
 現地に到着後、レンタカーで外出。不景気から脱却出来ないアジアの島国を凌駕する超高層ビルが続々誕生。グレーのスーツに身を包むビジネスエリート達は、街中に蔓延する緑を基調としたカフェの中で、携帯電話をかけながらPCのキーボードを叩く。テーブルには決まって焼き菓子とマグカップに入ったコーヒー。徐に眼を店外に、路上駐車した自分の高級車の安否を確認、なぜか苦々しい表情で溜息をつきコーヒーを一口。
 
 陳腐な空気が漂う街中を脱出、学友が書いてくれた地図を頼りに古刹:Wat Yansangwararamに向かう。雑踏から離れるにつれ東南アジア特有の生温かく甘い匂いが漂い、赤茶けた泥をつけた牛、総天然色の鶏、笑顔いっぱいの子供達が、私の眼に飛び込んでくる。ドリアンだ!聞けば丸ごと一個80バーツ(300円)、旬を外したご馳走を貪る。パッタイ(炒めた麺)を売る屋台の陰から、5歳位の女の子が真ん丸な眼で異邦人を見つめる。
 
 部屋に戻りカーテンを開けベランダに出る。3階からでは水平線まで続くコバルトブルーの海は到底眼にする事は出来ない。ブーゲンビリアの古木、プールで読書する旅行客、乗合バスに群がる人々、民家の釜戸からの煙。真っ黒に日焼けした従業員が「降りて来いよ」と声を掛けてきた。

J-PRESS 2004年 2月号