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私は「鞄」で考えた
石黒

 ゴールデンウィークもあっという間に終わり、街中は平穏な仕事モードに再突入。運悪く6月はカレンダーの何処を探しても「祝日」が無く、ルーティーンな日常からの逃避は極めて困難。天気予報は九州地区の入梅を宣言、北陸特有の蒸暑い空気が作業能率を低下させる。こっそり近所のNホテルに逃避行を企てようにも、「到達度試験」「定期試験対策授業」「保護者会」の準備作業が行く手を阻む。
 
 山積した仕事が退社時刻を徐々に遅らせ、時間、曜日の感覚を奪い取っていく。「やっと終わった」。車で5分、そこには日常の消費生活の大部分を賄う新しい世界が待っている。一年前に出来た大規模小売店を核に、周辺地域では、飲食店、書店、レンタルビデオ店、アパレル、輸入雑貨店、ガソリンスタンドが、巨大なネオンサインを掲げて老若男女を待ち受ける。そして24時間、年中無休が合言葉。
 
 顧客の年齢層は10代後半から30代前半がメイン、ディスプレーはホワイトピンク、シルバーグレイ、ライトブルーを基調とし、余りの眩しさのため私は近寄る事さえ許されない。月刊女性誌から抜出たようなショーウインドウ、情報誌そのままの商品、地方都市に活路を見出そうとする飲食店が、各フロアーを埋め尽くす。飲物片手にベビーカーを押す、携帯電話でメ-ルを打つ、華やかな買物袋が両手で踊る。
 
 閑話休題。先日、学習塾団体の会議が首都圏に開発された臨海地域の複合施設で行われた。会議もそこそこに隣接するショッピングアーケードを散策、何千、何万の人々がコンコースを埋め尽くす。日帰り出張には相応しからぬピギーバッグが幾度も人、物とぶつかり悲鳴をあげる。巨大スクリーンの映像、高校生の会話、携帯電話の着信メロディーが地方出身者の感覚器官に飛び込んでくる。
 
 午後4時45分、額に脂汗と疲労感を滲ませ羽田空港に辿り着く。空港ロビーは東京での一仕事を終えたサラリーマンや、テーマパーク、有名雑貨店の紙袋を持った人々が行き交う。「東京のお土産に、羽田空港限定●△■はいかがですか」「世界に通じる▲☆●カードはお持ちでしょうか」「第三世代携帯★□●の新機能をお試しになりませんか」。この街は軽いピギーバッグを断じて許さない。
 
 出発まであと15分、セキュリティーをくぐり抜け搭乗待合室に急ぐ。低い天井、狭い通路、採光の行き届かない劣悪な空港施設は、サラリーマンに最後まで試練を与える。ボーディングブリッジを駆け抜け搭乗機にやっと到着。座席番号を確認、着席前に頭上の荷物入れの扉を開ける。広大なスペースは「東京■○▲」の紙袋が占領し、メガロポリスに染まらない空っぽのバッグを収納する余地は皆無だった。

J-PRESS 2004年 6月号