城西セミナー城西セミナー

Slow Life? Fast Life?
藤浪

 最近、“slow life”(スローライフ)という言葉を聞くことがある。直訳すれば「ゆっくりとした生活」という意味だが、この言葉の明確な定義はないようだ。“slow life”の逆は“fast life”ということになるが、現代人の生活はまさにこの“fast life”であるという気がする。それもそのはず、最新のテクノロジーは時間を短縮してくれるものが多い。新幹線、ジェット旅客機、電子メール、携帯電話など。技術の進歩のおかげで確かに便利になったが、その分、生活の速度も確実に増した。いつも何かに追い立てられていると感じたとしても無理はないだろう。現代社会は私たちに速さを求めているのだから。
 
 今から20年ほど前の出来事をご紹介したい。友達から「うちでパソコンゲームをしないか?」と誘われた時のことである。そこで、彼の家に行ってみたわけだが、なかなかゲームが始まらない。彼の説明によると「今、ゲームを読み込んでいるからちょっと待ってね」とのこと。何と20分ほどかかるらしい。今のゲーム機でも“Loading…”という文字が出て数十秒待つことがあるが、20分もである。それもそのはず、彼のパソコンはカセットテープから情報を読み取るタイプだったからだ。「ゲームをするのに20分も待つんだ」と新鮮な驚きを覚えながら待つことしばし。友人はこの待ち時間を十分に心得ていて「これでも食べながら待とう」と言って、冷蔵庫で冷やした森○のエ○ゼルパイとジュースを出してくれた。私のために準備してくれていたそうだ。
 彼のもてなしを受けながらゲームが始まるまでのしばしの間、友人のことやら部活のことやらを話していると、待望のゲームが始まった。ところが、正直言ってゲーム自体は期待していたほどおもしろくなかった。私にとって初めてのパソコンゲームだったはずだが、どんなゲームだったかもはっきり覚えていない。しかし、そのときの友人の親切は今でも鮮明に覚えている。
 
 この出来事があってからしばらくして、同じ部活の先輩がパソコンを買ったという話を聞き、先ほどの友達と一緒に遊びに行ってみた。何と、フロッピーディスク付パソコンである。ゲームの読み込みが速い速い!カセットテープと比べるとまさに「あっという間」である。「フロッピーディスクってすごいなあ。こんなに速いんだ」と感心したものだった。そして、まもなくカセットテープはパソコンから姿を消した。
 実は、この後、私も速さにあこがれてフロッピーディスク付のパソコンを買ってもらったのだが、今から思えば遅いカセットテープも大切な思い出を残してくれたことに気づく。「あっという間」にゲームが始まれば、友人もわざわざ私のためにおかしの準備をする必要はなかったかもしれないからだ。
 
 「スロー」。あまり評価されることのない言葉だが、殊更人付き合いにおいては「スロー」でありたいと思う。急いでいては人に親切にすることも、他の人からの気遣いを感じることも難しい。
 あの時、私があまりの速さに感動したフロッピーディスクも今や姿を消そうとしている。

J-PRESS 2006年 9月号