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私は「ジンギスカン」で考えた
石黒


 
 9月某日午前10時、残暑厳しく気温は33度。なんとか時間割をやり繰りし10年ぶりの同窓会のため札幌に向う。普段ひと気の無い地方空港と言えども3連休の初日、待合室はガイドブックの最終確認に没頭する老若男女で座る椅子も皆無。1日1便しかない札幌行直行便はオーバーブッキング、「席をお譲り頂いたお客様には謝礼金10,000円を差上げます。なお羽田乗継便の札幌到着は午後4時を予定しております」。一万円札と昼食に目をつけていた●▲■軒の味噌ラーメンとの選択! 躊躇することなく機内へ。
 
 同窓会の会場は札幌市内の飲食店、古惚けたアーケードに身を寄せる商店街の一角にあった。気温19度、小雨模様の夕暮時、電球の切れかかった赤茶けた看板が手招きする。人ひとりがどうにか通れる小路を少し入る、裸電球が灯る階段を足元を確かめながら慎重に上る。今にも床が抜けそうな板張りの部屋が出迎える。「おうっクロ、久しぶり!」、白髪混じりの同級生S、木炭の火を熾しジンギスカンの準備に余念が無い。脇ではKが自慢の3本のギターとボーカルマイクを手際良くアンプに結線、「30年前のオリジナル曲、久しぶりに聞かせるから」。
 
 同級生20人中11人が出席、近海物のマグロの刺身、スペイン風オムレツ、皮がちょっと厚めの水餃子が無造作に並んだテーブルにつく。Hが乾杯の発声、ニュージーランド産生マトン肉が、兜の形をした鉄板に豪快に載せられる。「なまらうめぇ!」ジンギスカンにはうるさい北海道出身者も思わず唸る。タイ北部のナーン県の密造酒が、何故かブータンのラム酒の瓶に詰め替えられて会場に乱入。予告も無く中年ボーカルTの大絶叫、ギターが唸り帰宅を急ぐアーケードの人々もただ唖然。
 
 10畳ほどの宴会場、ジンギスカンの脂と炭火が絡んだ白煙がオヤジ達の視界と思考を奪う。誰が撮影し温めていたのか、30年前の大学キャンパスでの地獄絵図。スライド写真が入れ替わる度、爆笑、沈黙、嗚咽、涙が溢れ頬を伝わって行く。「おいっYどうした? なして今日来ない?」「今晩農場で馬がこっこさ産むから出られないって」。「オレの曲、まだまだ聞き足りないかぁ!?」、酩酊状態のボーカルTが握ったマイクを振り上げる。年代物のアンプが、オヤジ達の怒号が木造二階建ての小料理屋を土台から揺さぶる。
 
 以前訪れた離島の小さな民宿の玄関先に張り紙があった。
「履き物と肩書きは、ここでお脱ぎください」

J-PRESS 2007年 10月号