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英語より難しい日本語
小野

 中学、高校クラスで英語を教えながら時々実感することなのですが、英語より日本語のほうが難しいと思うことがあります。
 
 先日、外国人(バングラディッシュ?)が経営しているレストランにランチに行ったのですが、中国人らしき店員さんがお客さんに呼ばれて「はい、今行きます」と言うところ「はい、今行ってきます」と返事していました。確かにちょっとの違いなのですが、意味もニュアンスも変わってしまいます。
 
 昔読んだマンガの中にこんな話がありました。日本に住むアメリカ人夫婦が子犬を飼うことになって、「小さい」という意味の名前にしたくて「スコシ」と名づけていました。
 
 日本語を学んでいるアメリカ人から聞いた悩みです。英語では服でもズボンでも「身につける」ことを“put on”で表すことができますが日本語では、服を着る、帽子をかぶる、めがねをかける、ズボンをはく、など使う動詞を変えなければなりません。英語の感覚からすると大混乱だそうです。
 
 日本語の主語も不思議なものです。英語で話し相手を指すときは“you”を使いますが、日本語だと、「これ食べる?」と主語を省略するのはいいとしても、「自分、これ食べる?」「おのれ(己)はだまってろ」「てめえ(手前)、何言ってやがんだ」のように「自分」「己」「手前」といった「私」を指す言葉を相手に使うことがあります。こんな英語にない感覚はどう説明すればいいのでしょう。
 
 日本人が英語の聞き取りに苦しむように、外国人にとっても日本語の聞き取りは難しいに違いありません。学生の頃、留学生の友人から、「先生から、嫁を持てと言われたんだけど」と相談を受けたことがありました。おかしな話だと思ってよくよく聞いてみると「夢を持て」と言われていたようです。
 
 日本語で普通に会話ができるブラジル人の体験談ですが、テレビで日本の時代劇を見ていたところ、「五臓六腑にしみわたる」というセリフを聞いて、「5、6分で死に至る」とずっと聞き違えていたそうです。
 
 周りにいる外国人たちを見ていつも思うことですが、こんな難しい日本語を学んでいることより、日本語を話そうとする積極性に感服します。近所の中国人のお父さんが言っていました。「日本のつく下(靴下)は暖かいよ」「窓が(窓から風が)入ってきて寒いよ」
 
 これで十分伝わるのですから、英語を教える立場で何ですが、文法通り考えるよりとにかくしゃべった者勝ちというのを痛感します。
 
 バラエティ番組である日本人タレントがいろいろな外国人に出身国を聞くとき、“Are you country ?”と連発していました。これでみんなちゃんと出身国を答えてくれるのですから。
 
 そう思うとたとえ言葉がうまく通じなくても異文化、異国の人と話をするのがなんだか楽しくなる気がします。

J-PRESS 2015年 3月号